医療過誤事件 事例2 手術後管理ミス事件

判例時報1514号122頁以下、判例タイムズ860号241頁以下

事案の要旨

高齢で呼吸機能が低下している患者が胃がん摘出手術後呼吸不全で死亡した事故につき、担当医師が術後管理上呼吸機能の回復状態に注意すべき義務を怠ったことが認められた事例。
[損害賠償請求事件、横浜地裁川崎支部平元(ワ)240号、平5・12・16民事部判決、一部認容、一部棄却 (確定)]

解説

 私はこの事件では患者さんの遺族(原告)の訴訟代理人でした。高齢のがん患者は体力が衰弱していますから、手術が成功しても医師がその後の術後管理をしっかりしないと時々呼吸不全などで患者が死亡することが有ります。「手術は成功したが、患者は死んだ」という事態を避ける必要があります。

 この患者さんはヘビースモーカーで高度混合性換気障害のある高齢な方でした。本件患者は昭和62年4月15日、午後0時から午後6時過ぎ頃まで、全身麻酔のもとに、胃の五分の四を摘出する胃癌の手術及び胆嚢摘出手術を受け、患部の摘出に成功し、その後、回復室に収容されました。しかし、翌日16日午後6時50分頃、痰が気管につまり、呼吸停止、心停止状態になっていることを巡回した看護師が発見、心肺機能は一時回復しましたが、脳死状態となり、手術の5日後に死亡しました。

 本件はこのような場合の医師の注意義務に関する注目すべき判決と思われます。
 担当医師は、経時的に動脈からの採血をして、酸素分圧(PO2)の値を注意深く観察し、酸素吸入、喀痰の除去をし、必要があれば人工呼吸器を再び使用するなどの処置をするべきでした。
 なお、ルームエアー(酸素マスクを付けずに、普通の空気を吸っている状態)で酸素分圧(PO2)の値が50台以下だと呼吸停止の危険性があります。酸素分圧(PO2)の正常値は50〜80mmHgです。

 本件患者の場合、ヘビースモーカーで高度混合性換気障害のある高齢な方ですし、高齢で、術後の呼吸状態が一貫して危険不良でありました。看護記録には、「胸腹式呼吸で浅表性」とか、「両肺air入り弱め」とか、「やや胸腹式呼吸 喀痰吸引するも引けない」とか、しばしば記載されている。術後,翌16日午前9時頃に、本件患者の酸素分圧(PO2)が52.3と低下しました。この時点以降、担当医師らは、術後の呼吸機能や喀痰排出が適切に行われているか否かを経時的且つ頻回に確認すべきであったし、また、PO2の推移に注意し、その改善をはかるべく、動脈血ガス分析や撮影済X線写真の早期読影による現症状の把握に努めるとともに、まずは、O2 マスクの装着、喀痰吸引器などの器具による喀痰排出操作が採られて然るべきであったし、更には、気管チューブの気管内挿管、レスピレーターによる人工呼吸の緊急措置等も検討されて然るべきでありました。

 担当医師らが、これらの措置を実施・継続していれば、本件患者に呼吸不全は起こらなかったと推認されます。しかしながら、担当医師らは16日12時、すなわち昼頃に至って酸素マスクの装着という措置を採るまでの間、上記の緊急に必要と認められる措置を採らなかったのです。
 医師は「16日午前9時頃に本件患者の酸素分圧(PO2)が52.3と低下し、良くないデータであることを認識したからO2 マスクを装着させた。」と主張しましたが、O2 マスク着脱に関するカルテ等の記載は不分明であり、仮にその主張のとおりであったとしても、O2 吸入状態でPO2を再検し、どの程度呼吸状態が改善されたかの検査がなされていないのだから、的確な措置は期待できません。
 このような場合には、医師は看護師任せにせず、最悪の事態に対する警戒を怠らないようにしなければならないのです。この点に医師の過失があるとこの判決は指摘しています。